ほらり

山本瑞穂:「選ぶ」より「作り出す」。

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約8分

漁師の嫁として別海町へ

別海にきたのは今からちょうど10年前、私が22歳の時で、結婚がきっかけでした。

生まれも育ちも東京です。 東京の大学に通っていてアルバイトをしていた時に、バイト先に今の夫が入ってきたんです。 彼は当時4年生で「就職どうしてるの?」って聞いたら「卒業したら僕漁師になるんだ」って。生まれてはじめて漁師に出会って、「ガビーン!」っとなったことは忘れられませんね(笑)。

その後、しばらくしてお付き合いすることになりましたが、彼は半年で「漁師になるから帰るねぇ」って別海に帰っちゃったんです。 それからは、東京と別海の遠距離(恋愛)でした。大学の長い休みの間は別海に遊びに行って、結婚前なのに彼の実家に泊まるという(笑)生活でした。

大学3年生のころ就職について彼に相談してみると「東京で就職していいよ。僕は待ってるし。」と言ってくれました。私は幼い頃から教員になりたかったんです。でも教員になったらしばらく結婚はしないし、「腰掛けOL」みたいなことはしたくなかったし、あまり器用ではないので、仕事をしたら仕事のことしか考えられないだろうし(笑)。どうしようかなって悩んだのですが、「今しかできないことをしたい!」と思い、卒業したてすぐ「そちらに行きます」ということで、別海にお嫁にきました!

こちらに嫁いできて最初の一年は「漁師の家庭にどう慣れるか?」ということを軸に生活していました。 専業主婦として家事+漁師のお仕事のお手伝いをするをするのが基本だと思っていたので、どこかの会社で働くということも考えていませんでした。

子育ての理想と現実

その後、子どもを授かり、今年8歳になります。子育てに関しては、自分が都会育ちだったので自然の中で子どもを育てるということに憧れというか、どういう感じだろうと思ってワクワクしていました。

でも、実際のところ子ども達はどこかの家に集まってゲームしてることが多くて、意外と東京と変わらないなあって。いや、むしろ東京よりも自然との関わりが少ないんじゃない? って(笑)。

子どもが2歳ぐらいの時に、そろそろ幼稚園のことを考えるタイミングがありました。「どこの幼稚園にしょうかな〜」と考えていたんですが、ここでは「幼稚園というのは地元の幼稚園にいれるものだ。選ぶものではない」ということに気がつき、驚きました。私は、どんな教育を受けさせたいのかは親が選ぶものだと思っていたんですよ。でも、選べないんだ!? と。子どもは地元の幼稚園、小学校、中学校〜と自動的に進学していく状況だった。東京だと逆に幼稚園に入りたくても入れない、といういわゆる待機児童の問題はあったりしますが、ここでは選べないという感覚があって、ちょっととまどいました。

子育て支援のボランティア活動を経て、一般社団法人の代表に。

そういう経緯もあり、「(選択肢が)ないなら作ろう!」と思いました(笑)。幼稚園は作れないので、子育てサークルといった形で『もりのわ』と『野イエ』というボランティアの子育て支援団体を立ち上げました。『もりのわ』では森の中の散策路を親子で散歩し、自然と触れ合うイベントを行い、『野イエ』では未就学児や育児中の母親たちが孤立しないよう、空き家の教員住宅を町からお借りして交流の場を設けました。

別海で子育てするときにいいと思うことは、別海病院の産婦人科は出産後のアフターケアや、検診でわざわざ家まで出向いてくれたり、すごく手厚いんです。親身になって話もきいてくれるし、たらい回しではなくしっかり向き合って接してくれる。里帰り出産をしなかった私にとって、とても心強かったです。

子育ても一段落したので、「ここでできることを何かしてみよう」ということで、観光ガイド等を経て、今の『一般社団法人 Be-W.A.C.』(※)の代表になりました。

(※Be-W.A.C.:別海町のまちづくり支援団体。総務省のテレワーク推進事業の実施団体でもある。)

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©DUNKSOFT / photo by Yojiro Kuroyanagi

代表になる経緯も「無いなら作ろう!」という感じですね。2015年の1月に総務省の方とMicrosoftの方が別海にいらっしゃって、『テレワーク事業に関する最初の意見交換会』が開かれました。そのときに「子育て支援で活動している人たちも参加してほしい」というご依頼があったので、当時『子ども子育て会議』の委員だった私が呼ばれたんです。総勢20名ほどの参加者の中で唯一の女性でした(笑)。

そのときはまだ『ふるさとテレワーク事業』(※)が始まる前で、ICTを活用して地域活性ができないかというお話の段階でした。そのとき初めて「テレワーク」という言葉を知り、新しい働き方に地方の可能性を感じましたね。私自身が東京からの移住者でもありますし、子育て支援活動の経験なども生かしていけると思い、Be-W.A.C.の代表を務めることになったんです。

(※ふるさとテレワーク事業:テレワークを活用して距離や時間を克服し、地方でも都市部と同じように働く環境を実現するために総務省が普及展開している事業。)

自然の中で「生かされている」。

私は東京で生まれ育ったので、空の色は単純に青一色だと思ってたし、吹く風はビル風だと思っていたました。 だけど別海にきたら、空の色は青一色ではなく、青にも濃い青とか、薄い青とか……。赤とか紫とかでもあった。風には匂いがあって、匂いによって風向きがわかったり、天気がわかったりとか、それが「すごい」ことだなって感じられました。東京にいたら気がつかなかったことです。

自分の住んでるところのいいところって自分だとなかなか気がつかないと思うんです。別海もいいところなんですが、(地元にいると)それがあまりにも普通すぎて気づけないところもあったりするのかなって思いますね。

あとは自然の中で「生かされてる」感! 都会だと自分が選択して「生きてる」感じがあるんだけど、別海では、自然の中に「生かされている」と実感できます。

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面倒くさいけど、いとおしい。

人と人とのつながりって、それが面倒くさく思うこともあるかもしれないけれど、自然の中で生かされているから、人と人とがつながって、助け合っていかないと生きていけない気持ちがある。

天候が荒れて、屋根のトタンがはがれたり、事故で車が横転したりしたらみんなで助けに行く。救急車の音がしたらみんな騒いでいて(私は、救急車の音なんてむしろ聞こえてこないぐらい意識していなかったので…)、最初はみんな何してるの? って驚いた。でもそれは救急車を見ているのではなく、「その先にいる人を見ているんだ。案じているんだ。」っていうことに気がついたとき、ああ、それって大切な心だなって思ったんです。

人と人とのつながりが深いというか、自分がどう人と関われるかと考えると、しがらみと言ったら面倒くさいですけど、こういったコミュニティーは都会ではかなり薄れていると思うし、「人を案じる」気持ちって、とても大切で、私は大好きだなと思うところですね。

それとお裾分け文化も好きですね。食べ物に困らない(笑)。野菜がいっぱいとれたら「きゅうり食べてるかい?」みたいな感じで。

別海に移住してきて、全てが順風満帆なわけじゃないし、色々大変なこともあるけど別海に来て良かったって思います。ここに嫁にこなかったら私はただのダメ人間だったから(笑)。別海に、そして尾岱沼というコミュニティーに、家族に、本当に育ててもらったというか、人間関係も含め大切なことをたくさん教わりました。この環境じゃなかったら、自分の命をもっと無駄にしていたと思う。私の人生にとってすっごく大きな学びであり、一生の財産です。

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尾岱沼漁港にて

主婦としての、女性としての田舎暮らし。

東京から別海に来た10年前、なくてビックリしたものといえば、ファストフード店とファミレス!(笑)。大手チェーンではなくても「外食できる場所が少ない」ということはありましたね。

食料品に関しても、ちょっと大きめなスーパーまで行くのに車で往復一時間くらいかかるので、一週間に一度買い込んでくる感じですね。子どもができてからは買い物も大変なので、購入したものを宅配してくれるシステムも利用してます。

休日の過ごし方は摩周湖(ましゅうこ)にドライブだったり、新しくできたカフェなどに行ったり。子どもができてからは、公園で遊ばせたり、キャンプに行ったり、カヌーなんかをしてリフレッシュしています。別海は車社会なので、慣れない運転をするのは最初のうちは大変でした(笑)。

東京で言えばディズニーランドに行くところを、キャンプなりカヌーなりに変わっているだけなので、田舎ならではの充実した休日の過ごし方はいくらでもできますよね。なので遊ぶ場所がなくて困ったということはないですね。もっと言えば「ブランド物のバッグが欲しいのにお店がない!」とか「化粧品や宝石も欲しいものがない!」といった不満もないです。私の場合は(笑)。

「選ぶ」より「作り出す」。

都会にいると何かを選択する生き方だったし、それが(自分で選んだ)能動的な生き方だと思ってました。別海にくると選択肢が少ないから、それを受け入れるしかないという感じで、受動的な生き方になってしまうと思えるかもしれない。けど、考え方を変えると、選ぶという行為は、「ある」ものの中から「ただ選んでいるだけ」だと思うんです。

ないなら「自分で作っちゃった」というのが私の経緯で、「作る」というのは「選ぶ」ことよりもはるかに能動的な生き方だと思うんです。何かを生み出したり、新しいことを学んだり、発見したりといったことでは、別海のほうがはるかにチャレンジできる場が多い気がします。一緒にやろう! って応援してくれる地域だと思います。

そういったクリエイティヴな気持ちを持った人には別海は合っていると思いますね。

10年後ですか? また新しいことやってたらいいな! 別海でまた新しいものを作り出していたらなって思います。

2016年1月26日収録
インタビュー:廣田洋一
テキスト・撮影(クレジット表記のないもの):NAGI GRAPHICS
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