「ジビエ工房 山びこ」
代表:小林清悟さん(別海町出身・在住)
昨年9月に別海町市街地にオープンした「ジビエ工房 山びこ」(以下「山びこ」)の代表・小林清悟さんは、祖父の代から続くハンターの家系だ。幼い頃から猟に同行し、自身も自然と同じ道に入った。
「僕は狩猟もやっていますが有害駆除もしていて、駆除されたエゾシカが有効活用されていないことが気になっていました。手間暇をかければいいモノになるのに、安易に廃棄されている状態を目の前で見た時に、何かできないかという思いが、開業する2〜3年前から強くなっていました。それから、もっと地場産のお土産を作って、全国の人に別海町を知ってほしいという思いもあって、これだけエゾシカが多い地域だから(道東には平成28年度の推定で19万頭が生息)、エゾシカのお土産が名物の一品としてあってもいいんじゃないかと思ったんです。自分は小学生の頃から親父が撃ったエゾシカの解体をひとりでしていたし、当たり前のように食卓に鹿肉が上がる家庭で、鹿肉の美味い食べ方をたくさん知っていたこともあって、本当に美味い鹿肉をみんなに知ってもらいたいと思い、開業を決意しました」
と、小林さんは話してくれた。
小林さんは昨年6月、19年間勤めていた会社を退職し、自宅敷地内に元々あった車庫を大規模DIYし工房を作った。
「自分でやった方が経費も安くできるから、自分でできることはなんでも自分でやりますよ。その方がおもしろい」
と話す小林さんは、自作の工房ですべての工程をひとりで行う。
工程はまずエゾシカを吊るすところから始まる。腹を裂き、皮を剥ぎ、丸一日かけて血抜きをする。その後、全ての肉を小分けに切り分ける。この時、一般的な工房ではなかなか行われることのない「トリミング」という作業を小林さんは行う。
トリミングとは、鹿肉の表面にある薄い皮やスジなどを丁寧に切り取っていく作業だ。ハンターの中では常識であるこの作業も、一般人にはあまり知られていない。そのため「せっかく購入した鹿肉の本来の美味しさを存分に味わえていない方がいるかもしれない」、「誰がいつ食べても本来の美味しさを味わってほしい」と、小林さんはひと手間を加えているのだ。すべての部位にトリミングを行うため、他社の鹿肉とは美味しさが違う。
筆者自身、山びこの鹿肉を食べたとき、以前食べた鹿肉とは比べ物にならないほど美味しくて、座ることも忘れて立ったままキッチンで食べきってしまった。私を夢中にさせた「美味さ」の理由の1つがこのひと手間にあったということを、後日小林さんの義弟さんから教えて頂いた。
そうして丁寧に仕上げられた鹿肉は、その後すぐに真空パックされ商品となる。
山びこの鹿肉の美味しさは、一口食べただけでその違いを実感できるのだが、山びこオリジナル商品の「ホジカ」は、さらに手間暇をかけ製造されている。トリミングをしたあと、更に丸2日間ホエイ(ホエイとは、チーズを製造する際に副産物としてできる液体で、ヨーグルトの上澄みの液体もこれにあたる)に漬けるのだ。
「前職で色々な乳製品の製造に関わっていましたが、その過程でホエイが廃棄されていたんですよね。再利用もできるけど、まだそこまで手が回らない現状があって、何かに使えないかと思っていました。ホエイは乳酸菌が含まれているので、肉との相性もいいし、栄養も豊富。漬け込むことで柔らかく、臭みが減って鹿肉が苦手な人でも美味しく食べられるものになります。乳酸菌は生きているので、しっかり管理してあげることが大事。部屋の温度管理とホエイ自体を定期的に手作業で循環させてあげなければ、きれいに肉に浸透しないので、少し大変ですね。漬ける作業が終わったら、表面を乾かして真空パックにします」
看板商品のホジカが出来上がるまでに4日かかるそうだが、食べた人みんなに「美味い」と思ってもらえる鹿肉を作るために、手間暇を惜しまず丁寧に作り上げている。
「僕の最終目標は、別海町にエゾシカ料理を食べることのできる食堂を作ることなんです。屋号の『山びこ』も、元々祖母が営んでいた食堂の名前をもらいました。エゾシカを食べたことのない方や、食べ方がわからない方に美味い料理を提供したり、いろんな部位の食べ比べなどができたりする店があれば楽しいと思うし、年配の方には懐かしんでもらって、若い方には美味いジビエを食べてもらえる場を作りたい。そうしていつか、食卓にジビエが普通に並ぶようになればいいと思っています。それから、お店目当てに人が集まってくれば、町の活気も上がることになる。そのきっかけ作りになれば最高だと思いますよ。町の宣伝はもちろん、ジビエの美味さも伝えたいから、やっぱりゴールは食堂の開店ですね」
と、楽しそうに夢を語ってくれた。
今回、小林さんにお話を伺って知ったことは沢山ある。狩猟には単独で行くこと、1日の狩猟数に決まりはなく自身の腕次第であること、農家さんが大事に育てている牛が出産中にキツネやカラスに襲われ、母牛や子牛が被害にあっていること、エゾシカによる牧草の食害で年間600トンもの被害を受けている農家さんがいることなど、これまで知らなかったことが多く、とても衝撃を受けた。
「農家さんの農地でエゾシカを撃つことが多いですね。個人的に繋がりのある農家さんから直接依頼が来て、撃ちに行く。牧草の収穫量が生乳の生産量に繋がるので、農家さんも必死ですよね。鉄砲撃ちは野蛮だと言われても、必要とされていることや、そうしなければならない意味などを知ってもらいたい。僕は今、鹿肉で飯を食っているから、エゾシカに対しては感謝の一言です。その気持ちを持って、一つひとつの命を大切にしています」
いただいた命を無駄にせず大切に頂戴すること。そうすることで命の大事さや、生きる素晴らしさを学んでいくことができるのだと感じた。小林さんの息子さんも猟についてくるそうだ。こうして営みが次の世代に引き継がれていくのだろう。
取材日:2022年2月18日文:原田佳美
写真:菊地裕樹