松宮有里:道東は大地と空が広がるザ・北海道!

 

プロフィール 松宮有里/別海町在住/30歳/大阪府出身/2019年移住/別海町観光協会

ちょうどいい田舎、枚方市

大阪の枚方市から移住して、今年の2月から別海町観光協会の事務局員として働いてます。松宮有里です。

別海町の方々は、友好都市ってことだったり産業祭に市役所職員が参加させてもらっているので、枚方市のことをご存知の方もいらっしゃると思います。知らない方も「ひらパー(ひらかたパーク)」と聞けばピンと来るかもしれません(笑)。

枚方市は大阪府の端っこの方にある市で、京都と大阪の府境に位置する町です。駅には京阪電車という鉄道が通っていて、特急で大阪までは20分、京都までは30分で行けるし、アクセスも良いのでベッドタウン的な町ですね。中心部から離れたらちょっと田舎っぽい風景になるんですけど、駅前まで行けば買い物はほとんど済ませられるし、生活するには割と便利なので本当に「ちょうどいい田舎」ですね。ちなみに読み方は「マイカタ」じゃないですよ、「ヒラカタです」(笑)。

遊ぶよりも勉強!息抜きは“ものづくり”で

子供の頃はあんまり遊んだ記憶が無いんです。とは言っても友達がいなかったとか、ぼっちだったとかそういう事ではないですからね(笑)。

塾やお習字などの習い事に通っていたので、学校が終わったらすぐに習い事に行く生活が長かったんです。だから、放課後に友達と遊んだりできなかったんですよ。塾では全教科習っていたので、曜日ごとに授業が分散していて週に3回くら行ってたかな?遊ぶ時間よりも勉強している時間の方が長かったかもしれません。

でもその生活が苦しいとか辛いとかって感じることは、不思議とありませんでした。「子供の仕事は勉強すること」という意識がどこかにあったのかもしれません。かといって好きだったわけではないですけど(笑)。それに塾はずっと同じところに通っていたから、人の出入りはありましたけど環境として慣れていたし、居心地も良かったので抵抗が無かったんだと思います。

ただ器用な方ではないので、何かで行き詰まった時に頭を切り替えたりするのが苦手なんです。例えば遊びと仕事のバランスを取って、上手に息抜きするってことができず気が付いたら爆発していることが多々あります……(苦笑)。

そういう時は現実逃避じゃないですけど、「作る」に没頭することが多いですね。「これを作る」って決まったものはないんですが、そのときに思い付いた物を主に裁縫や手芸で作ります。その前は、お菓子作りだったかな? とにかく手を動かして製作に集中して、一旦リセットしようとするというか。作るのは小物類や、場合によっては服を作ることもあります。そういうときのこだわりは強くて「ここ、まっすぐ縫えていないな」と思ったら、その部分を全部ほどいて縫い直すんです。オーダーメイドのクリエイターになれたらと、こっそり思っていたりします(笑)。

あまり前に出ていく性格でもないので、割と裏方タイプですね。学生時代、文化祭などのイベントは準備の方がすごく楽しかったし、そっちを頑張っていたタイプです。もちろん当日も頑張っていましたよ?(笑)。

職人に憧れて

社会人になってもものづくりはずっと好きで、就活では工場など「手を動かして何かを作る仕事」の求人を中心に探していた覚えがあります。

大学では心理学を学んでいたので、主に進路先の候補としてはスクールカウンセラーや一般事務職などでしたが、そういうのはどうも自分に合わない気がして。「やりたいことをやりたい」って気持ちの方が強かったんです。

ただ、希望していた求人は「工業系の学校を卒業している」とか資格や経験ありきであることが多い印象で。「つくる」という意味では商品開発系も視野には入れてたんですけど、やりたいことができるわけじゃない会社に入るために頑張って就活する気力が維持できなくって(笑)。しばらくはフリーターをしながら先を考えることにしました。

いま思えば「若気の至りだったな……」って思うんですけど、あの年頃ってなんか変な自信があるんですよね。「まだ若いしフリーターしながらでもいずれなんとかなるさ!」って(笑)。

それからは何度か仕事を変えながら自分の方向性を模索していました。カフェ兼雑貨屋を開業したいなと思った時期があってカフェで働いてみたり、塾講師もやってみたり。

「伝統工芸職人の後継者不足」というニュースを見て、職人の道を本気で考えたこともありました。京都に伝統工芸を学べる学校があるんですけど、特に和紙づくりに惹かれました。和紙って結構丈夫なので「和紙を使った製品づくりをやりたい!」と思って。ただ、「四大を卒業して更にまた学校へ」なんて、フリーターの身では学費を捻出するのも大変ですしね……。
「行きたい!でもなぁ……でもやっぱり!」って波が何度か来てすごく悩んだんですが、最終的には両親にもこれ以上心配はかけられないなと思って諦めることにしました。

道東は“ザ・北海道”!観光者から移住者へ

高校の修学旅行は北海道でしたし、別海町へも枚方市と友好都市ということもあって何度か家族と旅行に来ていました。いろんなところを周ったので、札幌や旭川・富良野などの「ザ・観光地」にも行ったんですけど、道東は「ザ・北海道」って感じで全然違う雰囲気・風景でしたね。牛がいて牧草地が広がって>て、青空がきれいで。「イメージ通りの北海道だ!」と思ったのを覚えています。

本格的にこちらへ来るきっかけになったのは、二年前に「菊と緑の会」※の事務をやっている方から声をかけていただいたことでした。何回も来ている場所なので抵抗はあまり感じませんでしたし、フリーター生活が長かったので一旦どこかで腰を落ち着けることも必要だなと思ってお話を受けることにしました。それで旅行業務取扱管理者の資格も取得しました。将来的にも役に立つし、と思って。

※友好都市の枚方市から別海町に嫁いだ女性が、里帰りの際に枚方市役所を訪問し、「酪農の楽しさと後継者の嫁不足」を訴えたのがきっかけとなり、昭和59年に初めての交流会となる「菊と緑の会」を開催。酪農青年と独身女性の交流会は毎年開催され数多くのカップルがゴールインしている。詳しくは神部久美子さんのインタビュー

実は「菊と緑の会」に一度参加したことがあるんですよ。別海町によく来ていたこともあって、「参加してみない?」と何度か声はかけていただいてたんですが、お付き合いしていた方がいた時期があったので、しばらくお誘いは断らせていただいていたんです。でも幸か不幸か、あるとき別れを迎えてしまって(笑)。

それで断る理由がなくなったし、29歳になる頃で結婚も意識していた時期だったので一度参加したんです。まぁ残念ながらご縁はなかったんですけど……(笑)。ただ、そのとき一緒になった参加者の方とは当日たくさんお話もしましたし、ちょっとだけ仲良くなれたんですよね。当時はまさか自分がこういう形で別海町に来るとは思っていなかったので、参加者の方と連絡先の交換をしていなかったんですけど、せっかくこちらに移住してきたので、また会えたらなぁと思っています。

私自身枚方市出身ですし、菊と緑の会の経験者でもあるので、別海と枚方をつなげるような意味でも積極的に関われる部分があったら、是非お手伝いさせてもらえたらとも思います。

新たな環境で、新たなスタート

今年の2月にこちらへ移住してきて、いまちょうど1ヶ月経ったくらいですね。

夏の北海道しか来たことが無かったので、「冬はどんな感じなんだろう」と思っていたら、いきなり大寒波が来たのでびっくりしました。大阪に住んでいたら絶対に体験することの無い大雪と寒さだったので、ちょっぴり心が折れかけましたね……(笑)。さっそく冬の洗礼を浴びたって感じです(笑)。

生活の中で変わった事といえば、まずは一人暮らしです。ずっと実家で生活していたので、仕事をしながら炊事洗濯すべてを自分でやるのってこんなに大変だったんだな……って実感しています(笑)。実家にいる間は、母の帰りが遅いときなどにちょっとやっていたので、自分でもそれなりにできるだろうと思っていたんですけど。「環境が変わると気付くことってたくさんあるんだな」って日々感じています。「水道が凍結する」とか「水を落とす」というのも、いままで考えたことすらなかったことなので最初はびっくりしました(笑)。

今のところ、生活において不便な点はそこまでないですね。歩くことに抵抗はありませんし、徒歩圏内にスーパーやコンビニもありますし。ただ、公共交通機関が整っている環境から、車ありきの生活になったので、そこはまだ慣れないですね。向こうではあまり電車・バスが主な移動手段だったので、運転はほとんどしていなかったからまだまだ不安ですし。なので、とりあえずいまは基本的に徒歩生活です。雪が溶けたころにはいろんな場所へ行く機会が増えて車がメインになるんでしょうけど、ペーパードライバーなのでいまからドキドキしています(笑)。

イベント企画も、町での生活、一歩ずつ少しずつ

今後の展望は、枚方の「枚方市 平和の日」に因んだ「平和の燈火(あかり)」のような、こっちの広い土地を活かしたキャンドルナイト的なイベントを出来たらな、と思っています。七夕の時期にやったらロマンチックだと思いませんか?(笑)。

あと、ものづくりが好きな自分の性格を活かした何かが出来たらなぁってことも考えています。

枚方市では「くらわんか五六市」といって、京街道にハンドメイド店が200店舗くらい出展するイベントがあるんですよ。枚方市は、東海道五十三次を大阪の京橋まで延長させた五十七次のうち五十六番目の宿場町で、「枚方宿」と呼ばれていたんです。だから、「五六市(ごろくいち)」なんです。別海町でも五六市のようにとはいかないかもしれませんが、こういう企画をできたらなって思っています。ハンドメイドが好きな人は絶対いるでしょうし、手作りのお店を出してやるってイベントって面白いと思うんですよね。

ただ、まだまだ来たばかりで知らないことだらけですし慣れないことも多いので、仕事から生活から人間関係まで本当にこれからゆっくりと時間をかけて構築していきたいと思います。

根本的に寂しがりやなんで、早く町に慣れて暮らしていけるようになりたいなって思います。年齢的に先を考えたいのもあるので、もしこっちでそんなお話があったらいいな、なんて(笑)。

 

 


2019年2月19日収録
インタビュー、撮影、テキスト:倉持龍太郎

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