中島遼也:脱サラから夢の酪農経営を目指して。

プロフィール 中島遼也 / 28歳 / 浜中町在住 / 釧路市出身 / 2018年移住 / 株式会社 牛や

「ある意味Uターン」です。

生まれは釧路で現在は浜中町の『株式会社牛や』で酪農ヘルパー※として働いています。父の転勤の関係で、浜中町も小学4年生から中学1年生まで住んでいたことがあるんですよ。地区もいまと同じ茶内。なのである意味Uターン移住かもしれないですね(笑)。​実家はいま帯広にあって、僕は中学2年から大学卒業までを過ごしました。

大学は帯広畜産大学に通って、フードサイエンスを専攻。家から近いし、就職率の良い専攻を選んだというだけで、食に対して特別興味があったというわけじゃないんですけど。

アルバイトは、牧場で搾乳などの牛舎仕事を在学中3年間やっていました。畜大の学生はみんな結構やってたんじゃないかな?時給が1000円で交通費1日500円っていう、この辺りでは割と条件が良かったんですよね。

学生とはいえ、土地がら車が必要不可欠ですし、更に一人暮らしなら家賃もかかるので、稼げるこのバイトは人気だったんだと思います。ただ、そのぶん体力的にはきつかったです(笑)。早朝と夜は牛舎で働いて、昼間に講義っていう生活をほぼ毎日してたので、講義中寝てしまったりすることもありました。朝は早いし、ほとんど休みも無い。さらに肉体労働なんで、当時は「酪農を仕事にするのは無理だなぁ」って思ってたんですけどね(笑)。

※酪農ヘルパー:酪農家が休みをとる際、そこの酪農家に代わって搾乳や飼料給餌等の仕事を請け負う方々。

「会社員としてずっと働く」という違和感。

卒業後は札幌の食品加工会社に入社したんですが、就活をカッチリとやっていたほうじゃなかったので、4年の秋頃になっても内定が出てなかったんです(笑)。でも「フリーターはまずいよぁ」って思って、とりあえず薦められた会社を受けたりとかそういう感じで。正直なところ内定をもらった会社に入ったっていうのが本音でしたね。

でも実際社会に出て働いてみると、厳しさとかを味わうわけです。自分の思うようにいかないことや納得のいかないことがたくさん出てきて。

例えば、上司が「ノー」といえば「ノー」になることだったりとか。「なんでこうしなきゃいけないんだろう?」って納得できないことがあっても我慢というか、割り切るしかないことも多い。でも、それが社会だといえばそうなのかもしれませんが、そういうサラリーマン的な考え方や雰囲気に対する違和感を割と早い段階から感じてた覚えがあります。自分で判断を下せない、決裁権がないっていうのが、どうも自分には合わなかったんでしょうね。

それもあって、2、3年働いていくうちに「20年、30年勤めても社長になれるわけじゃないなら、自分で経営をしたほうが楽しいかも」と、独立を考えるようになって。それと同じ頃に、連絡をとり続けていた大学時代の友人と「牧場を共同経営するのはどうだろう」って話をしたんです。

自分が納得のいく仕事を。

学生の頃は「無理だ」って思っていた酪農業が選択肢に出てきたのは、自分のやりたいことが実現できると感じたからです。
最初は流通や加工製造業などをやりたかったので二次産業での独立を考えたんですが、資金も無いのにいきなり個人が製造・加工工場を持つって、かなりハードルが高いじゃないですか。

それに比べて酪農業などの一次産業は人が離れていっているぶん、参入がしやすいのがまず一つの理由。二つ目は、「原料」を作る仕事なので、経営次第ではゆくゆくは製造・加工から流通まで広げることができる。サラリーマンをやっていて割り切れなかった、「自分が納得のいくものを作る」が実現できる仕事だと思ったんです。

酪農家を育てる、株式会社『牛や』。

といっても、酪農はアルバイトでやっていたとはいえ、「仕事としての酪農」をするには知識や経験が無い。いきなり新規就農しても経営ができなかったら意味がないじゃないですか。

そこでまずは酪農ヘルパーをやりながら、いろんな農家で経営知識や経験を身につけるのはどうだろうと。それでどこのヘルパー組合について調べていたときに、「共同経営をしよう」と話をしていた友人の先輩で、いまは浜中町で営業をやっている方が『牛や』の存在を教えてくださったんです。

「話だけでも聞いてみよう」と2017年の年末に僕らと『牛や』の方2名と面談をすることにしたんですが、それがいい出会いになりました。『牛や』は牧場経営から製造・流通を目指す僕にしっくりくる会社だったんです。

というのも、地域によって違いはあると思いますけど、ヘルパー組合の多くは派遣先の牧場を数多く抱えているので、いろんな牧場を回ることになるじゃないですか。もちろんそれはそれで勉強になるし、身につくこともたくさんあるとは思うんですけど、逆に僕は「ヘルパーが忙しくて、それ以上のことは身につけ辛いんじゃないか」って思ってたんです。

それに対して『牛や』は組合員数が現時点では十数件なので、各酪農家の方たちと顔を合わせる機会が多い。だから距離の近い人間関係が築けるぶん、経営についてもいろいろ学べる環境だなと思えた。

そしてなにより「酪農家を育てる」というコンセプトがすごく良かったんですよね。ヘルパーとして働くだけじゃなく、その後の独立に向けたサポートもあるので、僕の目指す方向性と合致していたんです。

面談が終わったあとの年明けには、当時いた会社に「年度内で退職します」と伝えました。こういう決断は迷っていても仕方のないことだし、早い方が良いと思って。そして今年の4月から『牛や』でヘルパーといて働いています。

生活の変化と、刺激的な出会いが増えた。

環境や仕事が変わったので、いろんな変化がありますね。まず生活リズムが変わりました。

農家さんや時期によりけりですけど、基本的には早朝に仕事に行って、昼間は少し休んで、夕方また仕事して夜に帰る。

それに体を使う仕事なので健康的にもなりましたね。前は結構食べてましたし、デスクワークも多かったのであまり体を動かす機会が無かったんですよね。いまは体を動かすので食べた分しっかり消化できるし、朝が早いからお酒もあまり飲まなくなりました。体重も、気付いたら2ヶ月くらいで80kgくらいあったのが、70kgまで落ちてました(笑)。

あとは会社勤めのときより色々な人と話す機会が増えましたね。新しい環境で、新しいタイプの人との付き合いが増えたので、いろんな考えを聞けてすごく勉強になります。特に酪農家の皆さんは一人ひとりが社長なので、刺激があって。

朝夕の仕事の合間や休みの日は、昼寝をしたり今後の為に酪農やネットビジネスに関する書籍なんかを読んでます。あと月に1、2回くらい、町内の牧場でチーズを作ってる方の工房にお邪魔して作り方など勉強させてもらったりと、休みの日もなにかしらやっているので、忙しく過ごしていますね。

住んでいて不便を感じることが無いとは言えないけれど、いまは出かける時間がないので立地的なところは特に感じてないです。ただこの辺りはネット回線が弱いんですよね…。こっちに来てからWi-Fiを契約したんですけど、自宅がまさかの圏外で(笑)。強いて言えばそこが不便というか不満というか(笑)。でもそのぐらいですね。

独立を目指して。

『牛や』の方々は皆さん面倒見も良くて、研修にも積極的に参加させてくださるんですよ。

先日も初山別村であった放牧に関する勉強会に参加する為の休みをくださったり。本当に「酪農家を育てる」って感じですごく良い環境です。

でも実際にやってみて思ったのは、ヘルパーだけではまだまだ知識が足りないかもしれないということ。なので『牛や』でたくさん経験や知識をつけたあとは、次のステップとしてどこかの牧場の専属従業員として働く必要がある気はしています。

いまの計画では35歳までには新規就農ができればと思ってます。年齢的には少し遅いような気もしますが…。それまでに人の使い方や経営、それと加工・流通で稼ぐにはどうやっていったらいいかを勉強して独立を目指しています。

知り合いも増えてきたんで、できれば浜中で就農したいんですが、町内で新規就農を目指す人が結構多いみたいで。
長い人で4年待ってるらしいんです。

この辺りは跡継ぎもいる農家さんが多いようで、離農率もそんなに高くない気がしますね。かといって「どこでもいい」ってわけじゃないですけど、とにかく自分の目指すことができれば場所は問題じゃないかなと思っています。

「移住がうまくいくか》は、考え方次第で変わる。

田舎暮らしでは、人との関わりってところで言えば都会よりは密ですよね。確かに人口が多くないぶん、同じ人と付き合っていくというのは多くなる。そういうのが苦手だという人はあれですけど、僕はあまり気にならなかったというか。いろんなタイプの人がいますが、そういう方々とも深く付き合っていけるというのは僕の性質には合ってたのかも。

「距離が近すぎて逃げ場が無い」という話もありますけど、これも考え方次第で。僕の場合は子供の頃に転々としていたので環境の変化にも慣れているし、「逃げたくなったら逃げればいい」くらいの気持ちを持っているのも大事かなって思います(笑)。実際にそうするかは別として、その方が自分の気持ちに余裕も生まれますし。だから、悩んだり考えすぎるタイプの人よりは「なんとかなるでしょ」って思考の人のほうが住みやすいんだろうと思いますね。

まだ、住み始めて半年ほどしか経ってないですけど、新規就農を目指す人のサポートをしてもらえる環境ですし、もっと人が来るといいなと思っています。

僕は僕で、「牛や出身者で酪農を六次化した」っていう、先駆者的なところまでいけるよう頑張っていきます。


2018年7月31日収録
インタビュー、撮影、テキスト:倉持龍太郎

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