酒井宏人・優:出会って11年、二人三脚で築く新たな人との“つながり”。

いつでもアグレッシブな宏人さんと、結婚を機に道東地域の中心都市である釧路市から別海町 に移住してきた優さん。厚い信頼関係で結ばれたお二人に、お仕事や休日の過ごし方、釧路市 と比べた別海町での暮らしについてお話を伺いました。

酒井宏人(サカイ ヒロト)/26歳/別海町出身/2018年移住(Uターン)/別海町教育委員会
酒井優(サカイ ユウ)/26歳/釧路市出身/2019年移住(Iターン)/別海町学校給食センター・栄養士

——自己紹介をお願いします。

宏人さん:酒井宏人です。別海町市街地育ちです。スピードスケートが特技です。幼い頃からスケート少年団に入団し、中学卒業後もスケートの技術を磨くため、スケート部のある釧路市の高校に進学しました。北京オリンピック代表候補の新濱立也選手は少年団の一つ下の後輩で、高校まで共に汗を流し練習に励んだ仲間でもあります。大学は日本体育大学に進学し、そこでも4年間スケート漬けの日々を過ごしていました。

大学時代、キャンパスが都内と神奈川にそれぞれあって電車通学をしていましたが、常に人がいっぱいで、目まぐるしい首都圏の暮らしは好きになれませんでした。また選手としてではなく、指導者として別海の子どもたちにスケートの指導をしたいと思っていたこともあり、東京圏での就職は一切考えず、卒業後は別海町に戻りました。今では、別海町職員として役場に勤めながら、自分が小さい頃お世話になった少年団に恩返しをするため、団員の指導に励んでい ます。

酒井宏人さん

優さん:酒井優です。釧路市出身です。私は、釧路の中心部ではなく、製紙工場や水産加工場などが立ち並び、毎日霧に包まれている「大楽毛」という場所で生まれ育ちました。

小さい頃は、近所の公園などで遊ぶような活発な子どもでしたが、小学校卒業後は外で遊ぶこともなくなり、主人とは真逆で元々運動が苦手なこともあって、中学校では吹奏楽部、高校では書道部に入りながら社会人吹奏楽団に所属していました。

高校卒業後は、栄養士の資格を取るため札幌市の短大に進学しました。そして1度地元に戻り就職しましたが、結婚を機に2年前に別海町に移り住みました。

酒井優さん

——お二人は高校の同級生とお伺いしたのですが、当時からお付き合いされていたのですか?

宏人さん:そうですね。高校1年生の時に同じクラスでした。学校祭の時に、たまたま音楽室で2人きりになって、そこから色々としゃべり始め、1ヶ月経ったくらいで思い切って自分から告白しましたね。

優さん:告白されたときは、主人のことをそんな風に見ていなかったので意外だなと思いましたが、とりあえずいいかなと、軽い気持ちで付き合うことにしました。それからなんだかんだ今、出会って11年目になります。高校卒業後、東京と札幌で遠距離となった時期もありましたが、10年間のお付き合いを経て結婚しました。

——宏人さんは、役場でどのようなお仕事を担当されているのですか?

宏人さん:教育委員会生涯学習課に所属しています。生涯学習課では、社会教育や芸術文化、スポーツの振興など、子どもから大人までさまざまな年齢の方を対象とした事業を実施しています。

特にイベントなどで人を集めて行うお仕事が多いので、近年はコロナ禍でなかなか活動できないことも多いです。ここ最近、やっとコロナのことも徐々にわかり始めたので、それを踏まえて活動の幅を広げたり、オンラインを利用してイベント開催したり、新しい生活様式に対応した取組を展開しています。一度イベントを中止してしまうと、次またやるときにハードルが上がってしまうので、継続してやることが大事だという想いを持って、試行錯誤しながら 日々業務に取り組んでいます。

また、ここ数年は子どもたちの居場所づくりにも力を入れています。今、市街地の真ん中に「生涯学習センター(愛称:みなくる)」を建設中なのですが、愛称のとおり町のみんなが気軽に集まることのできる場所となるよう、施設の間取りや設備が工夫されています。

具体的には、ソファなどでくつろぎながら滞在できる広い「ホワイエ」や、子どもたちが集まって勉強などができるように1席ごとに仕切りがある勉強スペースを用意しています。また、フリーWi-Fiが利用可能で、電源用コンセントを配備するなど利用者の利便性にも配慮しています。ボランティア活動の拠点や、親子サロンなども併設される予定なので、子どもたちはもちろん、子育て世代の方やお年寄りの方まで、みんなが集まる新たな交流拠点として利用されることを期待しています。令和4年4月完成予定です。

そして、この生涯学習センターのすぐ近くにある、「別海町マルチメディア館」を活用して、子どもたちが家で1人で遊ぶのではなく、外に出てみんなで体を動かしながら楽しめる場を提供したいなと考えています。

また、過去に開催した「べつかい子ども未来議会※」において、参加した中学生から「町内でしっかりと勉強できるよう塾を開いてほしい」といった強い要望がありました。別海町の未来を担う子どもたちの期待に応えられるよう町として動いています。

生涯学習センターの建設を契機に、新たな取組が広がり、町がさらに活性化して町のみんながより生き生きと暮らせるようになるといいですよね。

※ 「べつかい子ども未来議会」~ 次代を担う子どもたちが、身近な地域課題や将来のまちづくりについて考え、町政に対する要望や提案などを議会形式により議場で行う取組。

——優さんは、現在どのようなお仕事をされているのですか?

優さん:私は町の給食センターで栄養士として働いています。子どもたちのアレルギー対応をメインに担当していて、アレルギー品目を使用しない代替食の考案や、学校に提出する書類作成などの事務作業をしています。命に関わることもある責任重大なお仕事なので、食材の発注に当たっては、間違いのないよう何度もチェックしています。

小さい頃は、子どもが好きだから保育士になりたいなと思っていたのですが、あまり人前で話すことが得意ではなかったので、中学の頃から、好きな料理作りに関わることができる調理師か栄養士になりたいと思うようになりました。最終的には、栄養に関する知識を活かして「料理をするお母さんってかっこよくて素敵だな」と思い、栄養士を目指すことにしました。こんなことを言ってしまうと、将来自分に子どもができた時、家庭で作る料理やお弁当のハー ドルが上がってしまいますよね……(笑)。

——お仕事でもお家でも調理するのは大変ですね。

優さん:栄養士の仕事は調理というより考えることがメインになるので、家での料理が大変だと感じたことはありません。でも、給食に出たものが食べたくなっちゃいます。毎週月曜日の給食は麵類メニューの日なので、お家でも月曜は麺類が出る割合は多い気がします。献立表のカレーライスの文字が目に入った日の夜ご飯は、同じくカレーになったりしています。そういった意味では結構影響されてますね。

——休日の過ごし方についてお聞きします。趣味はありますか?

優さん:去年結婚してから始めたキャンプです。ついにできた夫婦共通の趣味!って感じですね。私が小さい頃よく家族でキャンプに行っていたので、大人になってまたやりたいなと思い、無理やり主人を誘いました(笑)。

宏人さん:自分は小さいころからスケート一筋だったので、家族で休日に他のことをするってことは大学卒業まで一切なく、土日も常にスケート。当然キャンプにも行ったことがなかったです。まずはキャンプ道具を揃えるところから始まりました。お小遣いが一気に消えていきましたね(笑)。ビギナーながら燻製なんかもやったりして。キャンプって楽しいですね。まだまだチャレンジしたいことがたくさんあります。

優さん:今では主人の方がハマっていますね。あと道の駅スタンプラリーにも挑戦中で、これまでに約100か所の道の駅を回ったので、残りはあと道北地方の20か所くらいなんですけど、これからは共通の趣味となったキャンプを満喫しながら「全駅完全制覇」を目指して頑張っていきます。

——充実したお休みを過ごされていますね。

宏人さん:充実していますが、忙しいですね。役場の野球部にも所属しているので、練習や試合があったり、大会の審判も任されることがあるので、夏の土日は予定がほぼ埋まってしまいます。冬もスケート少年団の指導に携わっているので、年中ほぼ休みはありませんね。母と親子二代にわたって所属していた少年団なので思い入れがあり、つい指導にも力が入ります。

優さん:土日家にいないことが多いので、文句言っちゃいますね。ちょっとは家事も手伝ってほしい(笑)。でも外に連れ出してくれる主人のおかげで、色々な方と関わる機会を持つことができています。主人の勧めで、ボランティア活動に参加したり、イベント講師を引き受けたりすることがあって、移住後はそうしたところから人とのつながりが広がっています。

ここ別海で知り合った方々はとても温かく、主人がいない時でも、何かあれば声をかけてくれたり、気にかけてくれたりと、可愛がってくれているなと感じます。まったく知らない方と知り合うってことは、釧路ではあまりなかったことなので嬉しいし、移住してきてよかったなと感じるところです。私はつながりを一から作り始めたばかりですが、つながった関係を大事にしていきたいなと思います。

——釧路と別海を比べて違う大きく違うところは?

優さん:率直にいうと何もないなと思いました。車を走らせていても、信号機すらなかなかみつからない。ただ、横を見るとすぐ近くまで壮大な緑が広がっていて、同じ北海道育ちの私でも「すごいな」と思いました。

普段の買い物については、市街地に住んでいるので、特に不便は感じません。ただ品ぞろえの数で言うと、釧路に比べると少ないかなとは思うので、実家に帰るときに買い物に行くことが多いです。

あとは田舎あるあるだと思いますが、名前を伝えるだけで「あそこに住む○○さんとは親戚なの?」、「○○さんの家の近くでしょ?」などと言われることが多くて驚きました。こちらが知らなくても相手が知っている場合があって、どこで誰に見られているかわからないので、ちょっとした緊張感があるというか、気が引き締まる感じがします。釧路では近所でもそんなことを言われることはまったくないので、それが大きな違いですね。

宏人さん:田舎特有なんでしょうね。いろいろ情報が入ってくるから、仲良くなろうと話が弾むように知っていることをネタにしてしまうのかな。

自分は別海の人は温かい人が多いと思います。高校から町を出て戻ってくるまで7年ほどの間がありましたが、自分が戻って来たときに、「戻ってきてくれたんだね。うれしいよ」とか「戻ってきてくれて、ありがとう」と感謝の言葉をかけてくださった方がたくさんいて、温かく迎え入れてくれたことが本当に嬉しかったのを覚えています。別海に戻ってきてよかったなと感じています。

——子育て環境についてはどうですか?

優さん:釧路にいた頃は意識していなかったので比べることはできませんが、中学生まで医療費が無料だったりするなど、別海町は子育てに関する助成が手厚いと思います。将来的には子どもも欲しいので、自然あふれるこの町でのんびり安心して子育てができればいいなと思います。

——別海町にこれがあればいいのになと思うものはありますか?

優さん:私は食べるのが大好きなので、町のパン屋さんとか、たい焼き屋さんのような、ぷらっと買って食べ歩きができるお店があるといいなと思います。別海には店内で座って食べる定食屋さんのようなお店が多いので、買ってすぐに外で食べられるようなお店があると楽しいですよね。おにぎり屋さんみたいなものとか、ゆくゆくはそういうお店を自分でやるのもいいなと思います。お店を開業するのにも、別海町では補助金を出してくれるので、そういう面では起業するハードルは低いなと思います。

別海町役場・起業家支援事業補助金
https://betsukai.jp/sangyo/syoko/cho_hojo/kigyou/

あとは、移住者が集まることのできるような所があるといいなと思います。私は主人がいなければずっと家にいるタイプなので、こうして別海の人とつながることはできなかったと思います。子どもの頃って、気が付いたら友達ができていたけど、大人になってからの友達づくりは難しいなと実感しています。なので、人見知りの人でも横のつながりが持てるような、気軽に集まれるような場所や活動があるといいですよね。私もなにかできることがあれば協力していきたいと思います。

宏人さん:私は仕事上、高校生の子どもたちに関わることが多いのですが、「別海町は好きだけど、やりたい仕事もないし、娯楽もないから都会に出てしまう」といった話をよく耳にします。子どもたちがせっかく別海を好きでいてくれるのに、もったいないですよね。

「ここにないなら作ればいい!」と子どもたちには伝えていますが、そう簡単にできることでもないので、別海を愛する子どもたちが地元で暮らし続けることができるよう、ベースとなる何かを1つずつ作り上げていかなければいけないと感じています。それが何かはまだまだ手探りの状況ですが、将来形にできるといいなと思います。


取材日:2021年5月17日
インタビュー・文:原田佳美
写真:NAGI GRAPHICS

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